退屈な夜長に御伽噺をどうぞ

未来の小説家が、退屈を紛らわせるような小説を書いています!

いのちと対話する

語りかけてくる。

海がしゃべって、草が歌って、花が踊る。

空が描いて、風が笑う。

みんなが語りかけてくる。

私もみんなに語りかける。

車輪のようにやりとりをする。

 

 

 

SNS上のカギアカ村のメンバーで、オフラインでの飲み会が行われた。

 

私は酔っ払うと記憶がなくなる。

あとから話を聞くと、めちゃくちゃ歌ってめちゃくちゃ踊っているらしい。

その話を聞くと毎回、素面とあまり変わんないんだなって思う。

 

でも、その日のことは鮮明に覚えている。

 

 

私の前の席に座ったその男は、よく眠れそうな低音の癒しボイスでイッセーと名乗った。イッセーはブラウンのカラーレンズメガネにあご髭という、一昔前のテレビ局の、少し胡散臭そうなプロデューサーみたいな見た目をしている。

 

時間が経ち、飲み会の空気が緩みきったとき、イッセーが聞いてきた。

「ヤヨイって、何かやってみたいことないの?」

「バイクで日本一周してみたいですよね。」

 

人と会うのが好きな私は、いつか日本中をまわって、いろんな人に出会いたいと思っていた。

 

「でも、免許持ってないんですよ。」

イッセーはハイボールを持ったまま笑う。

そして、すぐに口を開いた。

 

「じゃあ、自転車にしたら?」

 

意識の外からの提案だった。

でも、確かに、自転車だったらすぐにでも出発できる……。

 

そして、今私の中で呪いのように流行っている、一番おもしろい言葉が、口から出ていく。

 

「ハイッ!やります!!!」

 

「何か手伝えることあったら言ってね」

「ありがとうございます!」

 

その日の夜、家に帰ってから発信する。

【私は、自転車で日本一周の旅に出ます!!!そして、強力な助っ人としてイッセーさんが入ってくれることになりました!!!】

 

いよいよ私の運命がまわり出した。

 

 

 

初対面同士の緊張感もなくなり、会話の声が大きくなっていく。

それは目の前に座っているこの女性にも言えることだ。

 

最初にヤヨイと名乗ったその女性は髪の毛が目が覚めるような紅色をしている。そして、オレンジに紫のドットという南米のカエルを思わせるワンピースを着ている。

見た目通り、彼女はアーティストだ。役者をしながら、絵を書いたり歌ったり踊ったりしているらしい。

 

その女性は今、酔っ払ってオレの前で歌っている。

いつのまにかヤヨイリサイタルのS席を購入していたらしい……。

 

「ヤヨイって、何かやってみたいことないの?」

オレも酔っ払ってきて、饒舌になっていた。

「バイクで日本一周してみたいんですよね。」

流石、アーティスト。考えがぶっ飛んでいる。

 

「でも、免許持ってないんですよ。」

流石、アーティスト。考えがぶっ飛んでいる。

 

しかし、いい感じに酔って頭が冴えていたオレはすぐに応えた。

 

「じゃあ、自転車にしたら?」

 

オレは自転車に乗るのが好きだった。自転車に乗ると普段とは違うものが見える気がする。

 

「ハイッ!やります!!!」

ヤヨイは目に鮮烈な光を宿して言った。

 

 

次の日、まだ体が少しだるいなか、ケータイを見る。昨日会ったヤヨイの投稿を見つけた。

 

【私は、自転車で日本一周の旅に出ます!!!そして、強力な助っ人としてイッセーさんが入ってくれることになりました!!!】

 

えっ………?…あれ……本気だったの………?

 

正直、酒と空気に酔って口から出てきたのだと思っていた。黒板の上に掲げられたクラス目標のように、いつかはしたいと漠然と思っているだけの夢だと思っていた。

 

しかし、こうなってしまった以上、本気でやらなければ!!

ヤヨイがしっかりと応援されて、無事に行って帰れるように整えなければ!!

 

 

 

私が自転車日本一周の旅を宣言した次の日、イッセーから連絡が入った。

 

『日本一周旅のことなんだけど、自転車を使わせてくれる人を見つけた。』

 

ホントに!!?まだ、昨日の今日だよ!?

イッセー、仕事が早すぎるでしょ!!

 

 

その三日後、再びイッセーから連絡が来た。

 

『今回の旅のプロモーションビデオがあった方がいいと思うんだけど、どう?』

『私もあったらいいと思います。』

『OK。動画の編集できる人を見つけたから、連絡とってみる。』

その連絡から少ししてから、やってもらえるという連絡を受ける。

 

スゴすぎる……。

イッセーって何者なんだろう……。

 

 

さらに三日後、イッセーから連絡が入った。

 

『今回の旅で応援された方がいいと思うんだ。それで、みんなが応援しやすくするために、映画『えんとつ町のプペル』の宣伝を勝手にするっていう風にしたらいいと思ってるんだ。それで宣伝のために自転車に絵を描いてプペル自転車にしようと思ってる。』

『それ、スゴイいいですね!』

『イラストをかける人も見つけたからお願いしてみる。』

そして、プペル自転車にすることも決まった。

 

ここまでで一週間。

そんな期間でここまで準備を整えるとは、イッセーは見た目は胡散臭いプロデューサーだが、ホントは敏腕マネージャーなのかもしれない。

 

マネージャーから連絡がきた。

『ヤヨイも応援されるようにファン作りしておいて。』

 

ファン作りのために、とにかくたくさんの人に会おう!

 

幸いにも、人もお酒も大好きな私はカギアカ村内の飲み会にたくさん参加した。その飲み会でいろんな人の話を聞いた。そして私の話もたくさんした。そうすると何度も顔を合わせる人も出てくるわけで、私の旅に興味を持ってくれる人が増えてきた。その中には、

「今回のヤヨイさんの旅と、私がやっている企画のコラボして欲しいんだけど……。」

という風に言ってくれる人もいる。

そんな人には毎回こう返す。

 

「マネージャーのイッセーを通してください。」

 

一生で一度は言ってみたかった言葉だ。

 

 

ある日の飲み会終わり、私は家に帰ってもなかなか眠れなかった。お酒と深まった夜によってもたらされた謎のテンションによって、私は自分の脚にペイントをしていた。そして、そのトーテムポール柄の脚をSNSにあげていた。もしこれが自分の心の奥底にあるものなのだとしたら、祖先にインディアンがいるのだろう。

 

 

 

炭酸の抜けたハイボールを飲みながら、オレはパソコンの画面に向かう。

すると、傍に置いてあるケータイの画面が光り、メッセージの受信を知らせる。

 

『はじめまして!ヤヨイさんの自転車日本一周の旅について、マネージャーのイッセーさんにお願いしたいことがありまして、、、、』

 

オレって、いつマネージャーになったの………?

 

 

 

『はじめまして!トウキと申します。先日のボディペイントの投稿を見て連絡しました。私はスクワット専門のパーソナルジムをやっています。今カギアカ村での企画で、私がおしりを鍛えて、おしりクリエイターというカメラマンに撮影してもらう、というものをしています。ただ、おしりクリエイターが巨大なおしりに連れ去れてしまって来れなくなってしまいました。

そこで、私のおしりにペイントしてもらえないでしょうか?

ヤヨイさんが自転車日本一周の旅をするということを聞きました。もし今回描いていただけるなら、私のおしりの企画での収益は全額その旅に差し上げたいと思います。よろしくお願いします。』

 

令和のヘンタイはひと味違う。

 

しかし、ちゃんと話を聞くといい話だ。自分の旅の資金を得られるのはありがたい。すぐにイッセーに連絡して事情を説明し、トウキに了承する返事を返す。

私のためにオジサマがおしりを売ってお金を稼ぐ。とても貴重………いや、奇妙な経験だ。

 

 

雲の切れ間から射す光が、はじめての経験で高鳴る私の心を表してるみたいだった。

 

いよいよ、ボディペイントの当日になった。

会場であるトウキのジムに向かう。間に合うつもりで家を出たのに、なぜか時間に遅れる。

まあ、いつものことだけど。

 

会場には、オンラインでもオフラインでも、休日の昼間におしりを見に来るヘンタイが集まっている。

 

「みなさん、お集りいただきありがとうございます。今日は楽しんでいってください。」

トウキの挨拶で幕が上がった。

 

はじめは各々がおしりを描く時間。

私はその時間でイメージをさらに膨らませる。

 

 

「じゃあ、そろそろ、ヤヨイさんに描いてもらいたいと思います。」

 

私の前にトウキがうつ伏せになる。

おしりを見つめ、私の中のイメージをもう一度、はっきりと意識する。

パレットに青い絵の具を出し、右手にとる。そして、それを腰に塗る。

 

トウキのイメージは、荒々しい波だ。

防波堤に勢いよくぶつかり、しぶきをあげる波。

それを描くのに、腰の凹凸がちょうどいい。

ビクともしない防波堤に、何度も何度もぶつかり血しぶきをあげる。

それでもなお、立ち上がり立ち向かう強さ。

 

その強さは、黒。

 

背中に目を向ける。

次は、背中に黒を塗る。

 

トウキは肉体を鍛えている。同時に心も鍛えている。

どんなに重い決意でも背負っている。

いろんな人のいろんな色の決意を混ぜ合わせ真っ黒になった決意を背負う。

 

黒くて、力強い命。

 

右脚の太腿の上の方に、黒い手形を付ける。

 

この命は宇宙に抱かれている。

 

今も広がり続けている宇宙。

どこかで星が燃え尽き流れている。

その宇宙の中の銀河の中の太陽系の中の地球の中の日本の中の一人の人間。

人間は宇宙に生かされている。

 

この人間は宇宙に抱かれ、命を肯定されている。

生を祝福されている。

 

おしりの縁を白くなぞる。

 

荒々しい波のような、どんな決意をも背負う力強い、宇宙に肯定されている命のおしりをはっきりと示す。

 

 

「完成しました!」

そう言ったことは拍手を聞いてから分かった。

 

はじめての生きているキャンバスに描くという体験はとても刺激的なものだった。

 

 

 

『イッセー!!助けてほしいことがありますっっ!!!』

 

ヤヨイからそう連絡があったのは、トウキのボディペイントから四日後のことだった。

 

話を聞いてみると、トウキのボディペイントを見て、ヤヨイの旅の支援のために

「自分にもペイントしてほしい!」

という人物が現れたようだ。

 

どうやら今年の流行りはボディペイントらしい………。

 

ヤヨイと、名乗り出たシュンキの二人でイベントを企画していたらしいが、経験がないらしくオレに助けを求めてきたというわけだ。

 

 

「で、どうやっていこうか?」

自分と赤髪の女性と日焼けした男性の映った画面に向かって話す。

「トウキのときとは違う感じにしたいんですよね。」

「そのときはどうやってやったの?」

「トウキのジムを会場にして、何人かオフラインで来て、あとはオンラインで見ながら参加したって感じです。」

 

二人の話を聞きながらオレにはある考えがひらめいた。

「前は屋内でやったから、今度は屋外でやったら?それで、屋外じゃないとできないことをやるとかはどう?」

「屋外じゃないとできないこと?」

「例えば、描いてるのを見ながら横でピクニックするとか、ペイントを水鉄砲で落とすとか。」

「おもしろい!!そうします!!」

 

ヤヨイとシュンキはイベントの準備をはじめていった。

オレは二人から告知画像を作ってほしいと頼まれたので制作に入る。

 

 

 

イッセーから告知画像が送られてきたのは、頼んでから三日後のことだった。

 

それはまるで某男性用健康雑誌の表紙みたいになっていて、中央に上裸のシュンキがばっちりポーズを決めている。

これはモデル経験があるか、催眠術をかけられているかをしていないとできないだろう………。

 

 

ボディペイント当日。

青空に綿飴みたいな雲が浮いている。

鮮やかな草原が騒がしく揺れている。

熱気が皮膚にべったりとはりつく。

 

会場にしたのは代々木公園。

集合時間が近づき、続々と参加者が集まってくる。

 

このカギアカ村には変わった人が多い。それは今日の参加者にも言える。

イカとタコのメガネをかけた人。

アリを描くためにアリの観察をしている人。

一歳のムスメちゃんと来ている人。

 

あ、変わった人じゃなかった…。

 

深刻なダメージを受けたジーンズをはいている人。

 

「今日のイベントは、ノーロープオープンエアボディペインティングデスマッチ!!猪木とマサ斎藤の巌流島決戦が令和にも時代に再現される!!」

なんでもプロレスにつなげて話す人。

 

時間に遅れたがさわやかに登場する人。

この遅刻はきっと、注目されるための演出だ……。

 

 

人が集まるにつれて、私の緊張が高まっていく。

イベント主催者として楽しませなきゃ………。

いい絵を描かなきゃ………。

 

 

みんなが集まり談笑している中、私はイメージを膨らませる。

 

シュンキは海っぽい感じがする。海と言っても、荒々しい海というより穏やかな海。

やさしい風が小さな波をつくる。

波打ち際では、足が濡れることを気にも留めず、小さな女の子が貝がらを探している。

手のひらよりも大きい貝がらを一つ取り上げると、近くにいるパパとママの元へと駆け寄る。

拾った貝がらを耳に当てる。

三人とも笑顔になる。

そんな海だ。

 

いよいよ、ボディペイントがはじまる。

シュンキがTシャツを脱ぐ。私は向かい合う。それを囲むように参加者が集まる。

普段だったら横目で見るだけの集団の中心に、今、私はいる。

軽く目をつむり、体中の空気を入れ替えるように呼吸する。

 

よし。

 

パレットを取る。

まずは、脇腹に手でピンクを塗る。

 

頭に花を咲かせよう。

別に頭がお花畑ってことじゃないよ。

やさしい香りがフワッとくる花みたいな人だから。

 

 

パレットに白と青の絵の具を出す。

 

あれ……?時間、大丈夫かな?

みんな、飽きてないかな……?

「あの、ヘンタイ見に行ってみる?」

イッセーがムスメちゃんと遊んでいる。

コノヤロウ。

 

そんな雑念を溶かすように絵の具を混ぜる。

顔を上げる。

汗をかいているキャンバスに目を向け、再び自分の世界へと落ちていく。

 

 

両手に青い絵の具をとって、海をつくりだす。

胸からお腹にかけて、水平線のように広げて塗る。

薄ピンクの絵の具をとる。

海の上に花を落とす。

 

 

「できました。」

拍手を聞く。

 

生きたキャンバスの上には、穏やかな海が広がり白桃色の花が漂う。

 

海と花と草原と空。

今のこの人は、本当に自然体だ。

 

 

 

不安だ。

 

出発日が近づくにつれて、オレは不安感が増してきた。

 

今、練習をしているとはいえ、自転車での長距離移動は慣れていないと大変だ。

さらに、現在、世界中が百年に一度のウイルスに襲われている。場所によっては外からくる人間を良くは思わないだろう。

ウイルスというより、人が恐い………。

また、いくらヤヨイとはいえ、女の子なので泊まるところはきちんとしたい。協力してくれる人を見つけるか、宿に泊まれるように資金調達をもっとするか………。

 

ヤヨイの投稿を見つける。

 

【旅に向けて、キャンプ道具を買いました!!!野宿するのも楽しみかも!!】

 

……心配だ………。

 

ヤヨイは親戚に一人はいる、お年玉をたくさんもらうタイプだと感じる。

よく笑って、人懐っこくて、チョロチョロ動き回って、茶碗を割る。

そんなタイプだ。

だから、後先考えずに突き進んでいきそうだ………。

 

 

 

私はいよいよ明日、出発する。

 

楽しみだっっ!!!

 

必要なものはだいたい準備した。まぁ、なんかなくてもきっと大丈夫だろう!

私は生き抜く自信は人一倍ある。

 

 

どんな人と会えるだろう…?

 

いろんな人と対話したい。

言葉だけでなく、音楽でも、ダンスでも、もちろんボディペイントでも。

 

 

私は人が好きだ。

 

人の生きるこの世界が好きだ。

 

私は、この世界が好き、それだけで走っていける。

 

 

 ==================================

この小説は井上美都さんの提供でつくりました。

美都さんは自転車で日本一周する旅に出ます。

コチラからその支援をすることができます!

美都さんの応援をよろしくお願いします!!!

allislove.thebase.in