退屈な夜長に御伽噺をどうぞ

未来の小説家が、退屈を紛らわせるような小説を書いています!

夢幻鉄道~ロトとヒューマ~

これは、作・西野亮廣の『夢幻鉄道』の二次創作です。

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今日もモニターに映る、町中から送られてきた画像をチェックする。

 

ボクの名前はロト。とても高性能で自我を持ったロボットさ。見た目はボクらの先祖をつくったニンゲンに似ているけど、カラダの中は機械でできているのさ。もちろん、成長もするよ。毎年自分の製造日がきたら部品を足していって、二十年で完成するんだ。え?最初から完成させたらいいじゃないかって?それができないんだよ。高性能すぎて自我がニンゲンとほとんど同じなんだ。だからゆっくり成長していくんだよ。それに合わせないとカラダをうまく使いこなせないんだ。

 

この町はそんなロボットしかいない町、ロボットタウン。なんで、ニンゲンがいないかって?それはニンゲンが争ってばかりいるからだよ。ボクらの先祖も最初は戦うためにつくられたんだって。それが嫌で、逃げ出してこの町をつくったんだ。

 

ボクらロボットとニンゲンの一番の違いは、寝ているときに夢を見るかどうか。ロボットは寝たら何も起こらないけど、ニンゲンは寝たら夢ってやつを見るんだよね。昔は夢幻鉄道っていう、誰かの夢の中に行けるものがあったみたいだけど、今じゃそんなのは聞いたことがないな。

 

ちなみに、ロボットにも将来のユメはあるよ。ボクの将来のユメは、争いごとのないこの町を守り続けること。だから、今の自分の仕事を誇りに思ってるんだ。

ボクの仕事はロボット判別委員会の一員。毎日正午にロボット判別テスト、通称ロボットチャレンジをするんだ。ロボットチャレンジっていうのは、お題と九枚の画像をそれぞれが持っている端末に送って、画像の中からお題に沿うものだけを選ぶっていうものなんだ。これは、なぜかロボットには全部当てられなくて、全問正解者はニンゲン判定をしてこの町から追放するんだ。こうやってニンゲンを排除して、この町を守っているんだ。

 

コン、コン、コン

 

ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

ドアを開けて現れたのは、懐かしい顔だった。

「よぉ、ロト!」

「ヒューマ!久しぶりだな!」

「おう!元気だった?」

「もちろん!そっちは?」

「変わらずだよ」

「よかった」

 

この男はヒューマ。ボクの幼馴染だ。仕事は旅商人をしているらしく、ほとんどこの町にいない。

 

「なぁ、ロト。久しぶりだし、お茶でもしない?」

「もちろん、いいよ!」

ボクはヒューマと二人で部屋を出ていった。

 

 

「我々は、ロボットの、ロボットによる、ロボットのための政治をします。そして、我々ロボットで手を取り合って、この町をより美しくしていきます!」

 

ボドロー町長の演説を横目に、行きつけのカフェを目指す。カフェは混んでいる時間帯だったが、待たずに座ることができた。二人ともお気に入りのカカオオイルを頼み、昔話に花を咲かせていた。

 

「二人で遊んだときさ、ロトが思いっきり転んで、頭のネジが外れた!って言って大騒ぎしたことあったよね?あれ、大変なのになんか面白くて笑っちゃったんだよね~」

「ひどくない!?めっちゃ焦ったんだよ!あのネジが外れると手がうまく動かなくなって、いつの時代のロボットだよ!みたいになるんだからね」

「それがまた面白くて」

「ひどっ!!」

そんな話ばかりして時間が経ち、ロトとヒューマはその店で別れました。

 

 

その日の夜、ロトは帰り道を歩いていると、いつも通っている道に見慣れないレールがありました。レールの先を見ていくと、途中で地面から浮き上がり空に向かって伸びています。

 

「これはいったい、どういうことだ!?」

 

道に突然レールが敷かれているだけでなく、空に繋がっている……。

ん?何かがレールの上を通って近づいてくる。

 

それはみるみるうちに近づいてきて、その姿がはっきりとわかるようになりました。それは艶のない黒色をした蒸気機関車でした。それはだんだんスピードを落とし、ロトの前で止まりました。

 

どういうことだ……。空から蒸気機関車……。…!もしかして、これが夢幻鉄道……?だとすると、この町に夢を見ているニンゲンがいるのか!?これは行って確かめないと!

 

ロトは夢幻鉄道に乗りました。車内はレトロな雰囲気があります。

 

 

出発してからかなりの時間が経ちました。乗客はロトの他に、帽子を深くかぶって顔が見えない一人だけです。

 

あいつもニンゲンはなのだろうか?……いや、ここは、まずこの夢を見ている張本人を確かめよう。

 

まもなく終点です。お忘れ物に気を付けてお降りください

 

ロトが夢幻鉄道から降りるとそこは森の中でした。自分よりはるかに高い木が林立しています。そして、木々の隙間から木漏れ日が降り注ぎ、幻想的な空間になっています。ロトは歩き始めました。

 

ここが、夢の中なのか…。夢の中はこんなにも美しいものなのか…。

 

ロトがしばらく歩いていると、あるものが目に入りました。

木の上に家がある!あれは本で読んだことがある、ツリーハウスってやつか。この夢の主は本物を見たことがあるんだなぁ。

 

ロトが森を抜けると、辺りは急に変わり、大きな道の両側に店が並ぶ夜の街になっていました。

すごいな、ここは……。どの店もネオンライトでビカビカ光ってるし、カラダの内側が振動する音楽が町中に響いている。でも、町中の人が音楽に合わせて楽しそうに踊っている。

 

ロトがその街を抜けると、また景色が変わり、次は街の中に水路が通っている街に変わりました。

また、ここはすごいな…。水路があり、家のすぐ横をボートが通る。この非日常感がすごいな!

 

ロトが歩いていくと、大きな円形の広場に出ました。そこからはたくさんの道が伸びていて、多くのヒトが集まっています。

 

ここが街の中心なのかな?人多いし…。

 

 

ロトは突然、立ち止まりました。

 

……えっ……。あれって……?

 

 

 

「おーい!ロトっ!急げよ~」

「待ってよ、ヒューマ!あっ……うわぁっ!!」

少年ロトが転んで頭を打ちました。

「大丈夫か!」

「いてて…。う…うん。……あ、あれっ?手が思うように動かない!きっと、頭のネジが外れたんだ!お願いっ!探して!」

「……ぷっ、ぷはははっ!変な動きだな、それ!」

「笑うなんてひどいよっ!」

「い、いや~、ごめん、ごめん。すぐ探すから」

 

 

 こ……この話が……夢に…出るってことは……この…夢の主は……

 

「…ロト……」

 

後ろから呼ぶ声がしました。振り返るとそこにはヒューマがいました。

 

「……ヒューマ……これって……」

「あぁ、ここは俺の夢の中だよ」

「ヒューマの…夢ってことは……」

「あぁ、俺は人間だ」

「そ…そんな……、ヒューマが……ニンゲンって……」

「なぁ、ロト。知っちまったからには、俺のことを報告してくれ」

「そんなこと、できないよ!友だちを追放させるなんてできない!」

「追放しないならどうすんだよ!」

「キミのことはボクが隠し続ける」

「そんなの無理だ!!もし、ばれたら大変なことになるんだぞ!!他のロボットとお前とじゃ、隠しているっていうことの重さが違う!!」

「大丈夫!ばれても記憶が消されるくらいだから。キミの追放は、ほとんど死と同じなんだよ!」

「俺は……俺は……お前に……忘れられるなんて……絶対嫌だ!」

ヒューマは大粒の涙を流しながら言いました。

 

こんなときにニンゲンは涙を流すのか……。

 

 

「ロトくん」

後ろから、優しく力強い声がしました。振り返ると、そこにはボドロー町長がいました。

「町長!いやっ、あのっ、これには、深い理由がありまして……」

ボドロー町長はロトの前を通り過ぎ、ヒューマの前に行きました。

「ヒューマくんといったかね?」

「はい」

ヒューマは全てを受け入れたように、町長の目を見ていました。

「それではヒューマくん。私の町づくりを手伝ってくれないか?」

「………えっ……?」

ロトとヒューマが同時にマヌケな声を出しました。

「な、な、なんでですか!?」

「いや、実はね、私もキミの夢の中を見てきたんだ。そしたら、ここにあったものはどれもこれも美しかった。あの森もそう、街でみんなで踊って笑っているのもそう、この街だってそうだ。ニンゲンは感情的すぎて争ってしまうかもしれない。でも感情的だからこそ、我々ロボットではつくれない、感動する美しいものがつくれるんだとわかったんだ。ロボットとニンゲン、敵対し合う関係はここで終わらせて、対話し手を取り合っていく世界を未来に残したいと思ったんだ。だから、ともに、本当に美しい町づくりをしてくれないか?」

「もちろんです!」

「やったね!ヒューマ!」

ロトがヒューマに抱きつきました。

「ロトくんには、ヒューマくんの友だちとして一緒にバリバリ働いてもらうからな」

「わかりました!」

ロトは太陽のように笑いました。

 

 

そんな三人のもとへ、夢幻鉄道がやってきました。

 

「もうすぐ、起きる時間みたいだ」

「でも、すぐ会えるよね」

「あぁ。……今日は、はじめて安心して目覚められそうだ」

 

ロトはヒューマと一時の別れをして、町長と夢幻鉄道に乗りました。夢幻鉄道は走り出しました。それはまるで、願いを叶える流れ星のように走り去っていきました。

夢幻鉄道~ドライブ~

この小説は西野亮廣作『夢幻鉄道』の二次創作です。

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「自動車学校に来る人はみんな通り過ぎるだけなんだよ。しょうがないと言えばそうなんだけど、俺はせっかく会えたんだから、もう少し仲良くなりたいんだよね」

いつも無邪気にからかってくる先生がしおれた声で話す。

 

ふと、その光景が呼び起こされた。

複数のことが同時にできないから運転は苦手だけど、自動車学校は好きだった。

 

 

先生がいたから。

 

 

先生とはいろんなことを話した。先生との時間はいつもあっという間だった。

 

あと、イケメンだった。

 

 

あっ!こんなこと考えてる暇なかった!

 

私は小説を100本書くことに挑戦している。

小説は今まで書いたことがない。

なんともクレイジーな挑戦だと我ながら思う。

 

 

こんな調子で本当に大丈夫なのかな?

 

 

天井を見上げる。

 

 

また先生に会いたい。

 

口からこぼれ落ちた。

 

 

すると、窓の外から強い光が差し込んできた。

 

何!?

 

窓の外を見てみると、なんと空中に列車が止まっている。

「お待たせいたしました。どうぞお乗りください」

車掌が四十五度でお辞儀をする。

 

気付いたら私はとび乗っていた。

 

 

私が降りた場所は、クレヨンで塗られた夜空の真ん中だった。立っている場所は、星たちが集まってできた道の上だった。

 

道の先に誰かが立っている。

 

「先生!?」

私は慌てて駆け寄る。

 

「夢の中まで来るとかストーカーなの?」

 

あぁ、先生の笑顔だ!

 

ん?

「ここって先生の夢の中なんですか?」

「そうだよ。じゃなきゃこの景色をどう説明すんの?まぁ、とにかく、さっさと乗って」

 

先生の後ろには教習車があった。

先生が助手席ということは……運転は私?

夢の中なら大丈夫……だよね?

 

私は乗り込み、慎重にアクセルを踏む。

 

よし、ちゃんと運転できてる。

 

運転といっても、他に車のいない一本道を走るだけである。

 

夜空の下星の道の上を、一台の教習車が走っている。

 

 

「私、悩んでることがあるんです」

運転しながら口を開いた。

 

「どうせ無茶なことにチャレンジして、折れそうなんだろ?」

「何で分かるんですか!?」

「変わってないからな、お前」

先生は笑みを含めて答えた。

 

先生にはお見通しだった。

 

 

ガゴン!!

 

急に車が止まった。

先生がブレーキを踏んだみたいだ。

 

 

「そのまんまがいいよ。挑戦してる一直線なお前が一番いい」

 

 

先生が目に強い光を宿して言った。

 

 

「さて、そろそろ起きる時間みたいだ」

私たちは車から降りた。

空がビリビリと破れ出した。

道の少し先に列車が止まっている。

 

私は、来たときとは違い、未来へ踏み出すように力強く列車に乗った。

 

くるりと先生の方に向き直した。

 

最後に先生が口を開いた。

「また運転にも挑戦したら?現実でも俺に会えるかもよ?」

 

あぁ、先生の笑顔だ!

 

 

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この小説は斎藤志帆さんとの雑談で生まれました。

斎藤志帆さんは株式会社NISHINOのインターンに向けて、『夢幻鉄道』の二次創作を100本書くという挑戦をしています。

よかったら、みなさんも彼女の応援をしてほしいです!

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ヘンゼルとグレーテル

 むかしむかし、ある山奥にヘンゼルとグレーテルという兄妹が、両親とともに住んでいました。この兄妹はとても仲が良く、いつもヘンゼルがグレーテルの手をしっかりと握って行動していました。

 二人のお父さんは木こりをしています。二人はお父さんのことが大好きでした。お父さんはうまくいったら頭をなでながら褒めてくれます。失敗したら本気で叱ってくれます。そして、口癖のように二人にこう言い聞かせます。

 

「どんな時でも諦めずに考え、行動しなさい。その行動は無駄にならない」

 

二人はこのことばの本当の意味はよく分かっていませんでした。でも、大好きなお父さんが言っているので、大好きなことばでした。

 そんな二人ですが、お母さんのことはあまり好きにはなれませんでした。

 お母さんはあまり二人に接することがなく、話しかけられても素っ気なく返すだけでした。

 

 

 ある夜、ヘンゼルはなかなか眠ることができずにいました。すると、お父さんとお母さんが話しているのが聞こえました。

「どこもかしこも不作が続いてる。このままじゃ食べるものが無くなって飢え死にしてしまう」

「でも、これ以上節約することなんてできないわよ」

「いったいどうしたらいいんだ……」

 

 ヘンゼルは今まで聞いたことのない父の弱々しい言葉に驚きました。しかし、さらに驚くことが起こりました。

 

「あの子たちを捨てるのはどうかしら?そしたら少なくとも私たちは助かるわ」

「何を言ってるんだ!!自分たちの子どもを見捨てるというのか!」

「自分たちの子どもって言っても所詮捨て子でしょ?あなたが勝手に拾ってきたんじゃない?」

「拾ってきた時、一緒に育てて欲しいって言ったら了承してくれただろ!?」

「あの時と今じゃ状況が違うもの。子どもを助けようとしてみんな飢え死にました、じゃどうしようもないでしょう?いいじゃない?元々捨て子だったんだから、また捨てられたって元に戻るだけよ」

「……いや…でもな………」

「私はあなたのことを一番に思ってるのよ。誰よりもまず、あなたに助かって欲しいの。だから、お願い!」

「いや………そう言われてもな……」

 

 その日はそれで話し合いが終わりました。

 ヘンゼルは自分たちが捨て子だったということだけではなく、母親が自分を捨てようとしているということまで知ってしまいました。ヘンゼルはどうしていいか分からなくなってしまいました。しかし、話が終わった後に母親がお父さんには見えないところで見せた、苦虫を噛み潰したような表情が頭に焼き付いていました。その表情から母親は本気で自分たちを捨てようとしていると感じ取りました。

 ヘンゼルは泣きたくなって自分の布団に戻りました。そこに隣でスヤスヤと聞こえてきそうなほど安らかに眠っているグレーテルがいました。その顔を見た途端、ある感情がヘンゼルの心に湧き上がってきました。

 

(グレーテルを守らなくちゃ!)

 

 兄として妹を守るという覚悟を決めました。すると、頭の中に父のことばが響きました。

 

“どんな時でも諦めずに考え、行動しなさい。その行動は無駄にならない“

 

 ヘンゼルはどうしたらいいか考え始めました。

 

「そうか!」

 ヘンゼルはある考えを思い付きました。

 

 

次の日、ヘンゼルは一日かけてポケットいっぱいに入るくらいの量の白い石を集めました。

「おにいちゃん。こんなに石を集めてどうするの?」

 グレーテルが問いかけました。

「お父さんの言う通りに考えて行動してみたんだ。きっとこれが役に立つよ」

 グレーテルは何のことだか分からず、首をかしげました。

 

 さらに次の日。ヘンゼルとグレーテルは母親に話しかけられました。

「お父さんがお弁当を持っていくのを忘れたみたいなの。今から届けに行くからあなたたちもついて来なさい」

 ヘンゼルは、ついに来たか、と思いました。

「分かりました。ただ、出かける準備をしたいのですがいいですか?」

「四○秒で支度しなさい」

 

 ヘンゼルは拾っておいた石を全部ポケットに詰めて行きました。

 

 母親のあとをいつもとは違い、グレーテル、ヘンゼルの順で歩きます。ヘンゼルは一番後ろを歩きながら、拾っておいた石を母親に気付かれないようにこっそりと落としています。

 山を二つ越え、三つ目に入りました。二人はこんなに遠くまで来たことはありません。

 大きな岩がある所まで来ると、母親が二人に向かって言いました。

「よく歩いたわね。疲れたでしょう。お父さんはもう少し先にいるけど、ここからは私一人で行くわ。あなたたちはここでお弁当を食べて、待っていなさい」

 母親はパンを一つずつ手渡しました。そして、なぜか来た道を戻って行きました。

 ヘンゼルとグレーテルはパンを食べ始めました。食べ終わると歩いてきた疲れが出て、その場で身を寄せ合って眠ってしまいました。

 

 目を覚ますと、辺りは真っ暗になっていました。

 グレーテルは泣いてしまいました。

「……どこ…ここ……?…おとうさん……おとうさーーん!!」

 グレーテルの声は夜の闇に吸い込まれていきました。

 涙で濡れたグレーテルの手をヘンゼルがしっかりと握りました。

「大丈夫!お兄ちゃんが絶対家まで連れて帰るから!」

 ヘンゼルはグレーテルの手を引いて歩き出しました。何を目印に歩いているかというと、来るときに落としてきた石です。ヘンゼルが落としてきた白い石が、月明かりを反射して光り輝いていました。それはまるで、星たちが列になって二人を導いているかのようでした。

 

 二人は夜通し歩き続けました。そして、すっかり朝になった頃、お父さんが待つ家へと帰りました。

「ただいまー!」

 グレーテルは大きな声を上げて家に入りました。

 すると、すぐに五歳は老けたような顔をしたお父さんがやってきました。

「ヘンゼル!グレーテル!無事か!……よく帰ってきたな!」

 お父さんは泣きながら二人を抱きしめました。

 母親は、一瞬顔を曇らせましたが、すぐに心配の表情を貼り付けてやってきました。

「気づいたらいなくなってて心配したのよ。でも、無事に帰ってきてくれて良かった」

 その日、ヘンゼルとグレーテルは安心して眠りました。

 

 

 そこから十日が経った頃、再び母親は二人に言いました。

「また、お父さんがお弁当を持っていくのを忘れたみたいなの。届けにいくから二人も着いていらっしゃい。」

 ヘンゼルは焦りました。

(これは、またぼくたちを捨てようとしているに違いない。でも、今日は石を準備できていない……)

 

 ヘンゼルは諦めそうになりました。しかし、頭の中に父のことばが響きました。

 

“どんな時でも諦めずに考え、行動しなさい。その行動は無駄にならない“

 

 ヘンゼルは考え始めました。

 

「そうか!」

ヘンゼルは、ある考えを思いつきました。

 

 出発の直前、ヘンゼルは母親に向かって言いました。

「あの、自分たちのお弁当は自分で持ちます」

「確かに、その方がいいわね」

 母親は二人にそれぞれのお弁当のパンを渡しました。

 出発すると、前と同様に、母親、グレーテル、ヘンゼルの順で歩きました。

 一番後ろを歩くヘンゼルは、自分のパンを少しずつちぎって道に落としていきました。

 しかし、この時のヘンゼルは自分たちの後ろを飛んでいる、雲一つない青空のような色をした小鳥に気付いていませんでした。

 

 山を三つ越え、さらに四つ目の奥深くまで来て、母親は立ち止まりました。

「よく頑張ったわね。お父さんはもう少し先にいるから、ここからは私一人で行くわ。すぐに戻ってくるからここで待っていなさい」

 そう言って、なぜか来た道を戻って行きました。

 二人は近くにあった大きな木の幹に寄りかかるようにしてお弁当のパンを食べ始めました。

「どうして、おにいちゃんのパンはもうそんなに小さくなってるの?」

 グレーテルが尋ねました。

「来る途中にお腹を空かせた小鳥がいて少しあげたんだ」

 ヘンゼルはグレーテルに真実を話すことができず、そう言ってごまかしました。

 

 二人は食べ終わると、また身を寄せ合って眠りました。

 そして、目を覚ますと辺りは真っ暗になっていました。

 グレーテルは泣き出しました。しかし、ヘンゼルはグレーテルの手をしっかり握って言いました。

「大丈夫!お兄ちゃんがいるから!」

 そして、手を引いて目印のパンを探して歩き出しました。しかし、そのパンは見つかりませんでした。どれだけ歩き回っても見つかりませんでした。

 ヘンゼルたちの後ろを飛んでいたあの小鳥が全部食べてしまっていたのです。

 そんなことは知らないヘンゼルは、パンがどれだけ探しても見つからないので、どんどん不安になっていきました。終いには、泣き出してしまいました。そんなお兄ちゃんを見て、グレーテルも一層泣いてしまいました。

 

 二人は手を繋いだまま、泣きながら夜の森の中を歩いていました。

 

 

 もう、どれくらい歩いたでしょうか。暗闇の中では時間など分かりません。

 ヘンゼルとグレーテルは泣きに泣いて、もう涙は頬で乾いていました。

 すると、甘い香りが二人の鼻をふわっと撫でました。

 二人は顔を合わせてその甘い香りのする方へ向かうことにしました。木々をかき分け進んでいくと、開けた場所に出ました。そこには家が立っていました。それもただの家ではありません。おかしで作られた家でした。壁はビスケットでできていて、チョコのドアに透明なアメで作られた窓、そして屋根はクリームがたっぷりとかかったスポンジケーキでできています。

 二人はお弁当のパンを食べたきり、何も食べていなかったので、とてもお腹が空いていました。そして、飛びつくように人の家を食べ始めました。空腹だったこともあり、それらは一生忘れられない味でした。

 

 しかし、二人が夢中になって食べていると、チョコレートでできたドアが開きました。

「誰だい!?こんな時間に、あたしの家を食べているのは!!」

 家の中から、腰と鼻が大きく曲がり、紺色のローブに同じ色のつばの広い三角帽子をかぶった、白髪が肩まで柳のように伸びた老婆が現れました。

 そのあまりの剣幕にグレーテルはヘンゼルの後ろに隠れました。しかし、ヘンゼルは老婆に向かって言いました。

「か、勝手に家を食べてしまってすいません。で、でも僕たち何も食べてなくて、とてもお腹が空いていたんです!」

 

 老婆は二人の顔を見ると、ニヤリと黄ばんだ歯を覗かせました。

 

「それはそれは、大変だったねぇ。この山には、迷子や捨て子がとても多くてねぇ。あたしはそんな子どもたちを世話してるんだよ。だから、安心していい。お前たちもちゃんと面倒見るからねぇ」

 そう言うと老婆は、まるで嵐の前のように静かな家の中へと二人を招き入れました。

 

 

翌朝、グレーテルは目を覚ましました。しかし、いつも隣にいる兄の姿がありません。

「お目覚めかい?お嬢ちゃん」

 老婆が片頬で笑っていました。

「あ、あの……おにいちゃんは……どこにいるんですか?」

 グレーテルがか細い声で聞きました。

「ケケケッ!着いてきな。すぐに会えるから」

 グレーテルは老婆の後について家の外に出ました。すると、そこには昨日はなかった、グレーテルの背より一回りは大きい石でできた箱がありました。その箱には一箇所だけ片腕なら通せるくらいの穴が空いていました。その箱の中から声が聞こえてきます。

 「なんだここは!?ここから出せっ!」

「おにいちゃん!?」

「その声…グレーテルか!?大丈夫なのか!?」

「あたしは大丈夫。でも、おにいちゃんは……」

 グレーテルの最後の言葉は声になりませんでした。

 

「ケケケッ!兄妹の感動の再会だね〜」

「その声……、お前は何者だ!?」

「あたしは、ここに住む魔女だよ。おかしの家で子どもをおびき寄せてこうやって捕まえてるんだよ。あとは丸々と太らせて食べるだけだよ。ケ〜ケッケッケッ!」

 魔女は口を大きく開けて笑いました。

 

「さてと、小娘、あんたにはやってもらうことがある。さっさと来な!」

「……いやだっっ!!…おにいちゃん!!……」

 魔女は泣いているグレーテルを無理やり引っ張って行きました。

 

再び家の中に入りました。まだ、グレーテルは泣いています。

「…おにいちゃん……。…おにいちゃん……」

「いつまで泣いてんだよ!さっさと泣き止まないとあんたから食っちまうよ!」

 グレーテルはまた怖くて泣きそうになりましたが、なんとか堪えました。

「それじゃあ、あんたにはあの小僧を太らせるための料理を作ってもらうよ」

「な、なんで、料理を…作る必要が…あるんですか?この家には…お菓子が…たくさん…あるじゃないですか?」

「バカ言ってんじゃないよ!お菓子なんかで太った不健康な肉は不味いんだよ!ちゃんと栄養のある野菜で太らせなきゃ美味くなんかならないんだよ!」

 

 グレーテルは恐怖でもう何も言えず、ただ魔女の言うことに従って料理を作りました。

 

 

 足元には数本の骨が落ちています。ヘンゼルはそれを拾い上げ、手の中でいじくりながら冷たい石の壁を見つめていました。

すると、魔女が近づいてくる足音がします。

「料理を持ってきたよ。しっかり食べるんだよ!」

 そう言うと、唯一空いている穴から、新鮮な野菜のサラダと豆の入ったスープが差し入れられます。ヘンゼルがそれらを食べ終えると穴から器を差し出します。すると、魔女の腕が穴から中に入ってきます。そして、ヘンゼルの腕を掴み、じっくりと触っていきます。触り終えると魔女の腕は穴の外の光に吸い込まれていきます。

「もう少し、太らせないとねぇ」

 魔女はそう呟いて、立ち去っていきます。

 これが今のヘンゼルにとっての食事でした。そして、その食事を三回することだけが、今のヘンゼルにとっての一日でした。今のが九回目なので、捕まってから三日が経ったということです。

 

(……もう…ダメだ…。…きっと…このまま……食べられるんだ……)

 

その時でした。父のことばが頭の中に響きました。

 

“どんな時でも諦めずに考え、行動しなさい。その行動は無駄にならない“

 

 ヘンゼルは再び、考え始めました。

 

(魔女は俺をここに閉じ込めて、太らせてから食べようとしている。ここからは自力で脱出はできない…………。そうか!)

ヘンゼルはある考えを思い付きました。

 

次の日。十回目の食事の時間がやってきました。ヘンゼルはいつも通り出された料理を食べました。そして、魔女の手が中に入れられた時、落ちていた骨を触らせました。

「うん?なんだか昨日よりも痩せている気がするね。まるで骨みたいだよ。明日からはもっと量を増やそうかねぇ」

 魔女はそう言って立ち去っていきました。

 

(やった!)

 ヘンゼルはひとまずほっとしました。

 

 ヘンゼルは太ったと思われなければすぐに食べられることはないと思ったのです。これは見事に成功しました。ヘンゼルは何度も何度もこの手を使いました。

 

 しかし、次第に魔女のフラストレーションが溜まっていきました。

 

 

 三十回目の食事のあと、つまり十日が経った夜、グレーテルは自分の仕事を終えてベッドに入っていました。グレーテルは、自分が料理を作っているうちはおにいちゃんは生きている、と分かっていても心配でたまりませんでした。そして、心細さからすぐには眠れなくなっていました。すると、魔女が大きな独り言を言っているのが聞こえました。

「まったく、なんであの小僧は一向に太る気配がないんだい!?もう、我慢できない!明日、あの小僧を食ってやることにしよう」

 グレーテルは魔女の言葉を聞いてとても強い恐怖に襲われました。

 

(明日、おにいちゃんが食べられちゃう!そんなのイヤだっ!……でも…私なんか、何もできない……)

 

 その時、グレーテルの頭の中に父のことばが響きました。

 

“どんな時でも諦めずに考え、行動しなさい。その行動は無駄にならない“

 

グレーテルの目から涙がこぼれました。

 

(…でもっ!……でもっ!……おとうさん……私…どうしたらいいの……?)

 

 グレーテルはそのまま眠ってしまいました。

 

 翌朝、グレーテルは魔女によって起こされました。

「小娘っ!さっさと起きなっ!今日の料理はいつもと違うよ!ついに、あんたの兄ちゃんを食べる日が来たんだよ!あんたの兄ちゃんは丸焼きにして少し塩を降って食べるのさ。これが若い小僧を一番美味しく食べられるんだよぉ!ケ~ケッケッケッ!」

 魔女は不気味な光を目に宿し、舌舐めずりをしながら言いました。 

 グレーテルは怖くて怖くて仕方がありません。

「だから、今日の料理の準備はカマドに火を起こしておくれ!とびきり熱くしておいてくれよぉ」

 

 グレーテルは今日になって現れたカマドに行きました。そのカマドは石窯で戸もついています。グレーテルは火を起こしました。どんどん薪を入れ、とびきり熱くしていきます。

「グレーテルや。火の調子はどうだい?」

 魔女がやってきました。すっかり上機嫌です。

 

 その時でした。

 

(そうか!)

 グレーテルは閃きました。

 

 グレーテルは魔女に向かって言いました。

「すいません。火の強さがどれくらいか分からないので見てもらえますか?」

「いいさ、いいさ、それくらい」

 すっかり上機嫌な魔女はカマドに近づき、顔を中に入れて火の強さを見た、その時でした。

 グレーテルは後ろから魔女をおもいきり突き飛ばし、燃え盛る火の中に入れました。そして、すぐに戸を閉めて、かんぬきをかけました。

 

「ぎぃやぁぁーーー!!」

 

 カマドの中からは魔女の叫び声が聞こえてきます。

 グレーテルは力が抜けて、その場で座り込んでしまいました。

 

 魔女の叫び声が聞こえなくなった時、ヘンゼルを閉じ込めていた石の箱が粉々に砕けました。魔女の魔法が解けたのでしょう。

 ヘンゼルが出てきて、グレーテルのもとに駆け寄りました。

「グレーテルっ!無事かっ!」

「おにいちゃんっ!おにいちゃんっ!!」

 兄妹はようやく再会することができました。

 

 

 再会を喜んでから少し時間が経ちました。グレーテルが言いました。

「ねぇ、おにいちゃん。魔女からは助かったけど、ここからどうやって帰るの?」

「う、う〜ん」

ヘンゼルは困ってしまいました。

 

ヘンゼルは父のことばを思い出しました。

 

“どんな時でも諦めずに考え、行動しなさい。その行動は無駄にならない“

 

 しかし、今度ばかりはヘンゼルがどれだけ考えても、どうしたらいいか分かりませんでした。

 すると、そこに目の覚めるような青色をした小鳥が飛んできました。そして、ヘンゼルに話しかけました。

 

「やっと、見つけることができました」

 

 ヘンゼルは何のことだか分かりません。

 小鳥は話し続けます。

「わたくしはあなたに助けていただきました。わたくしがお腹が空いて死んでしまいそうな時、あなたがまいていってくれたパンを食べることで生き延びることができました。なので、何か恩返しをさせてください」

 ヘンゼルは応えました。

「じゃあ、家までの帰り道が分からなくて困っているんです。家まで案内してもらえませんか?」

「お安い御用です。わたくしについてきてください」

 二人は小鳥について行きました。

 

 ヘンゼルの行動は無駄にならなかったのです。

 

 

 ヘンゼルとグレーテルはようやく家に到着しました。

 

「ただいま!」

 

 元気よく家に入るとそこにはお父さんだけがいました。

 

「……ヘンゼル…?…グレーテル!?」

 

 お父さんは白髪が増え、やつれてしまっていました。しかし、二人の顔を見ると、痩せて弱々しくなった腕で力強く抱きしめました。

 

「……よく……無事だったな……。元気に…帰ってきてくれて……ありがとう」

 

 そして、ヘンゼルとグレーテルはお父さんと仲良く暮らしました。

 

めでたし、めでたし。

桃太郎

 むかしむかし、ある村におじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃が流れてきました。貧しくて普段はあまりご飯を食べることができないおばあさんは食欲に駆られ、その桃を持って帰ることにしました。

 その夜、おばあさんはおじいさんにその桃を見せました。そして。腹ペコの二人は早速食べようと桃を切ろうとした瞬間、

 

「オンギャー!オンギャー!オンギャー!」

 

桃は独りでに割れ、中から男の子がいました。おじいさんは今でさえ貧しいのにもう一人、しかも子どもを育てるのは無理だと言いましたが、おばあさんは全く聞き入れる様子はありませんでした。最後はおじいさんが折れることになりました。

 この家ではいつもの光景です。

 二人はこの赤ん坊を桃から生まれたので、桃太郎と名付けました。

 

 

「いいかい、桃太郎。正義感を強く持って,絶対に悪を許しちゃいけないよ。特に、あの島に住んでる鬼達には気を付けるんだよ。あいつらは何を考えてるか分からないからね」

 おばあさんは、事あるごとに桃太郎にこう言い聞かせて育てました。

 

 

 桃太郎は十八歳になりました。桃太郎は、背が高く、体は筋骨隆々なたくましい青年になっていました。

 桃太郎達が暮らしている村は資源が乏しくあまり裕福ではありませんでした。そのせいなのか、村では争いごとが頻発していました。

 米と野菜を交換する時は、少しでも自分が多く得ようと、「どれだけ育てるのが大変だったか」の口喧嘩手前の交渉が行われます。赤ん坊が夜泣きをすれば、翌朝一番に、自称正義の代弁者がやって来て、金切り声で、「子どもの泣き声でみんなが迷惑している」と言います。洗濯に来た川沿いでの井戸端会議は、「村長が頼りないせいで私たちが辛い思いをしている」という愚痴であふれています。

 

 桃太郎はそんな村が嫌でした。助け合いもしないで村長のせいにして、自分達は何も行動しようとしない村人達が嫌でした。

 

 

 ある日、緊急の村人会議が行われることになりました。なぜなら、隣村が何者かに襲われ食糧が奪われた、という報せが入ってたからです。

 

 桃太郎の心の正義の炎が燃え上がりました。

 桃太郎は立ち上がり、大声で話し始めました。

「隣村を襲ったのはあの島に住む鬼に違いない!!我ら善良な人間が同じ人間を襲うはずがない!!それに、昔からあの鬼どもは何を考えているか分からない、とても危険な連中だ!やったのは鬼どもに違いないっ!!!」

 桃太郎の大声に気圧されたのか、村人達の目の色が変わっていきました。

「もうこれ以上鬼どもに好きにはさせない!!俺は鬼退治に出発する!!あの悪鬼の巣窟、鬼ヶ島に討ち入り、鬼を一人残らず始末しに行く!!!」

 

「そうだ!そうだ!悪いのはあの鬼たちだ!!」

「怪しい奴らは始末するのが一番だ!」

「よく言ったぞ、桃太郎!」

村人達は熱狂の渦に呑まれてしまいました。

 

 翌朝、桃太郎はすでに刀、鎧などの旅の支度を整えていました。

 すると、おばあさんが、

「突然のことだったから、こんなものしか用意できなかったけど、持っていっておくれ」

そう言って、きびだんごを渡しました。

桃太郎は受け取り、爽やかに笑いました。

「お気持ちはしっかりと伝わりました。それでは、行ってまいります」

 桃太郎はおばあさんに見送られながら、出発しました。

 

 

 桃太郎は島に行くことのできる海岸を目指して、森を進んでいました。すると、目の前に赤褐色の毛に包まれたイヌがいました。

「人間がこんな所まで来るなんて、今日は珍しい日ですね」

 桃太郎は鬼退治をすることになった経緯を話しました。

「そんなひどいことがあったのですか!?分かりました。悪を許すわけにはいきません。わたくしも桃太郎さまにお供させていただきます」

「ありがとう。味方が増えるのはとても心強い。お供になった印としてこのきびだんごをあげよう。」

 イヌはそれを受け取りました。

 

 

 少し歩くと今度はサルに出会いました。

「こんなトコに人間がいるなんて、めずらしいなー」

「俺はあの島にいる鬼どもを退治するために来たんだ」

「わたくしはそのお供をしています」

「どうだ?俺たちと一緒に鬼退治に行かないか?」

「げげっ!そんな危険なことをしに行くのかい?オイラはアブナイ事は嫌だよー。それに、今、とってもお腹が空いてるんだ」

「だったら、これをやるから、その代わりに鬼退治に協力してくれないか?」

 サルは目を輝かせて、きびだんごを受け取りました。

 こうして、サルはまんまとおともに加わりました。

 

 

「桃さ〜ん、オイラもう歩けないよ〜。イヌく〜ん、背中に乗せて〜」

「やめろ!自分で歩け!」

 イヌとサルが微笑ましいやりとりをしていると、どこからともなくキジが飛んできました。

「おやおや、こんなところに人間とは。この先には鬼ヶ島しかないですよ」

「俺はその鬼ヶ島に向かっている。隣村があの鬼どもに襲われた。だから退治しに来たのだ」

「ふ〜ん、あの鬼達がそんなことを…」

 キジは少し考えました。そして、周りには聞こえないくらいの声で、

「鬼と人間が会ったら面白そうだ」

と呟きました。

 そして、桃太郎の方へ向き直して言いました。

「私もおともさせてください」

「もちろんだ」

 こうして、キジがおともに加わりました。

 

「協力のお礼にこのきびだんごをあげよう」

「私のくちばしではだんごなんて食べれないですよ」

「じゃあ、オイラにちょうだ〜い」

「コラ!勝手なことをするな」

 そんなことをしているうちに海岸に到着しました。

 桃太郎一行は船に乗り、鬼ヶ島へと向かって行きました。

 

 

 鬼ヶ島へと着くと、そこで鬼の形相を浮かべた鬼達が桃太郎達を出迎えた………訳ではありませんでした。そこには、読み聞かせをするお父さんのような顔をした鬼とネコとクマが談笑していました。

 彼らが桃太郎達に気が付くと笑顔で近寄って来て、言いました。

「鬼ヶ島へようこそ」

 桃太郎は刀をいつでも抜けるように準備しました。

「初めての方ですよね?えっと、ここは……」

「悪鬼め!何を企んでる!!」

「な、何も企んでなんか無いですよ」

 鬼は必死に応えます。

 しかし、

「嘘をつくな!!お前らが隣村を襲ったんだろう!!怪しい危険な奴らは成敗してやるっ!!」

 桃太郎は刀を抜き、鬼に斬りかかりました。

「まずいっ!一旦、逃げるぞっ!!」

 鬼達は森の中へと消えて行きました。

 桃太郎が追いかけようとすると、

「桃太郎さま!お待ちください!」

「何だっ!!」

「彼らにも何か事情がありそうでした。一旦、待ちましょう」

「そんなことしてられるかっ!!」

「で、では、長旅で疲れてるでしょう?今日は休み、明日、万全の状態で臨みましょう」

「分かった。そうしよう」

 その日は、着いた海岸で野宿することにしました。

 

 翌朝、桃太郎が目を覚ますと、イヌとキジしかいませんでした。少し時間が経つと、サルが森の中から現れました。手にはリンゴを持っています。

 桃太郎はサルに言いました。

「どこに行ってたんだ?」

「いや〜、木が変わると寝れなくてすぐ起きちゃったんですよ。だから、朝の散歩に行ってたら、みんなもう働いてたんですよ。それで少し仕事を手伝ったらお礼にってこのリンゴをくれました。みんな物騒なことをしなければ自由に島の中を歩き回っていいって行ってましたよ。あ、そうだ。今から餅つき大会をするから来ないか?って誘われました。一緒に行きません?」

「行く訳ないだろ」

 桃太郎はサルから視線を外し、答えました。

「私も遠慮します。自由に空を飛びたいので」

キジも断りました。しかし、イヌはサルと桃太郎を交互に見て迷っているようでした。

「……わたくしは………その……」

 桃太郎はぶっきらぼうに言いました。

「勝手にしろ」

「で、では、餅つき大会の方に行かせていただきます」

 イヌはそう言うと、サルと並んで森の方へと歩いて行きました。

 犬猿の仲が良い。少し不思議な光景です。

 キジもどこかへ飛んでいってしまい、桃太郎は一人になってしまいました。

 

 

 太陽が真上から少し進んだ頃、桃太郎はまだ一人でいました。誰も戻ってくる気配がありません。

(まずは、情報収集だ)

そう自分に言い聞かし、森の中へ入って行きました。

 

 森の中を少し進むと開けた場所に出ました。そこには家が立ち並び、鬼だけではなく、ネコ、クマ、キツネ、ネズミ、スズメなど、様々な種類の動物達がいました。薪を運ぶクマ、果物を運ぶキツネ、鬼ごっこををしている子鬼。みんな笑顔でいました。

 さらに、その村に入るといろんな会話が聞こえてきます。

 

「なぁ、俺の作った野菜とあんたんとこの米を交換してくれよ」

「今年はあんまりできなかったんだよ。悪いな」

「そりゃ大変だな!?わかった。この野菜やるよ。その代わり、来年は少し多めに米をくれよ」

「いいのかい?ありがとう!もちろんだよ!」

 

「昨日の夜泣きはすごかったね〜。三軒隣のあたしの家まで声が聞こえてたよ」

「えっ、すみませんでした」

「いやいや、全然大丈夫だよ。あんだけ大きな声で泣けるのは元気な証拠だよ」

「あ、ありがとうございます」

 

「ねぇ、聞いた?島長の話」

「何?またなんかやらかしたの?」

「そうそう。南の畑の近くに住んでるウシさんいるだろ?その家の壁が壊れちゃったんだよ。だから、島長が、『俺が直す』って言って直し始めたら、あの馬鹿力で全部壊しちゃったんだって」

「えっ!?大丈夫だったの!?」

「それで見かねてみんなで作り直したら、この島一番の豪邸になったんだって」

「なんだかんだで島長って立派な鬼だよね〜」

「そうそう」

 

桃太郎は様々な会話を聞いて村を後にしました。

 

 

 その夜、桃太郎達はまた同じ場所で野宿をすることにしました。

「桃さん。みんな村に泊まっていい、って言ってくれたのに、どうしてまた野宿なんだよ〜」

「あれは、鬼どもの罠に決まっている。それにまんまと嵌るわけにはいかない」

「桃太郎さま。この島は貧しい訳ではありません。わざわざ人間の村を襲う必要があるとは思えないのですが…」

「そう思わせるのが奴らの狙いだ。そう思わせて、油断したところを襲ってくるのだ。悪鬼の考えそうなことだろ」

 本当は桃太郎もイヌと同じことを考えていました。しかし、あれだけ言ってしまったため、引くに引けなくなっていました。

 

 

 次の日、桃太郎が目を覚ますと誰もいなくなっていました。誰にも見つからないように村まで行ってみると、イヌもサルもキジも島民と一緒に働き、一緒に遊んでいました。

 桃太郎は一人になりたくなって、誰もいない方向へと歩き始めました。

 

日が傾いてきた頃、桃太郎は山に入っていました。流石にもう帰ろうと思った時、

 

(どこだ!?ここは!?)

 

帰り道が分からなくなっていました。

 焦った桃太郎は闇雲に歩き続けました。しかし、どこまで行っても木しかなくさっぱり分かりません。

 辺りはすっかり暗くなってしまいました。それでも、桃太郎は歩き続けました。次の瞬間、

 

ザザーーッッ!!

 

 桃太郎は斜面になっていることに気づかず足を滑らせてしまいました。下まで転げ落ちた後、立ち上がろうとすると、右足首に激痛が走りました。桃太郎はその場で倒れてしまいました。もう進むことはできません。

 

(きっと、これは鬼を信用しなかった俺への罰なんだな……)

 

 目の前にはキレイな星空が広がっています。

 桃太郎はゆっくりと目を閉じました。

 

 

 

 遠くに声が聞こえる。

 

「いたぞー、こっちだー!」

 

 声が近づいてくる

 

「急げーー」

 

 聞いたことのある声がある。

 

「………さま!……ろうさま!桃太郎さま!!」

 

 桃太郎は目を覚ましました。目の前には見知ったイヌと知らない鬼の顔がありました。両方とも同じように大汗をかいていました。

「桃太郎さま!ご無事ですか?」

「……生きてる……のか…?」

「もちろんです!」

 すると、桃太郎は両肩を鬼に支えられて立ち上がりました。そして、目の前には目覚めた時にいた鬼がいました。

「間に合って良かった。はじめまして、私はこの島の島長です。こちらのイヌが、『桃太郎さまがいない!探してくれ!』と頼んでいましてね。総出で探していたんですよ。いいお供をお持ちですね。」

「どうして、助けたんですかっ!?俺はこの島に関係ないのにっ!むしろっ……むしろ…傷付けようとしたのにっ!」

 

「私たちみんな、この島が好きだからですよ。笑い合って、助け合うこの島が好きだからです。たとえ、最近外から来た人だって、苦しんでるなら助けますよ。この島で悲しいことは起きて欲しくありませんから」

 

 桃太郎の目から涙がこぼれ落ちました。

 

 桃太郎は声を上げて泣きました。

 

 

 

 一年後……。

 桃太郎は鬼ヶ島の海岸にいました。そして、止めていた舟に乗りました。

「今までありがとうございました」

 桃太郎は見送りに来てくれた島長をはじめとした鬼達、そしてこの島に住む多くの動物達に向かって深々と頭を下げました。

「寂しくなるなぁ」

「すいません。でも、俺がやりたいことは、自分の村をここみたいにすることです。ここみたいにみんなで笑い合って、助け合う村にすることです」

「いつでも帰ってこいよ」

「はいっ!」

 桃太郎は花のように笑って、漕ぎ出して行きましたとさ、めでたし、めでたし。

『シンデレラ』

 むかしむかし、あるところにシンデレラという女性がいました。シンデレラは、継母と妹の三人で町外れにある小さな一軒家に住んでいました。

 

「階段の隅に埃が残ってるわよ。それくらい出来て当然でしょ!」

「すいません、お母様……」

「洗濯にどれだけ時間をかけてるの!さっさと終わらせなさい!」

「すいません、お母様……」

「シチューは寝かした方が美味しいっていつも言ってるでしょ!いい加減覚えて!」

「すいません、お母様……」

 

 しかし、シンデレラは、二人からいじめを受けていて、炊事、洗濯、掃除、家の修理や裁縫などの家事を全てやらされていました。

 

 シンデレラは傷んだ炭色の髪を肩で切り揃え、いつも着ていて汚れた水色のエプロンドレスからは、枝のように細い両腕両足が伸びています。また、肌は病的に白く、手入れをすることが出来ずに荒れているところが目立ちます。特に手荒れがひどく、自分の手を眺めては、

 

(こんな手じゃなかったら、少しは良くなるのに……)

 

そんなふうに思い、ため息ばかりついていました。

 

 

 ある日、継母と妹が会話をしているのを聞きました。

「ついに、王宮で舞踏会が開かれることになったわ。そして、今年からはこの国の王子も出席するらしいの。いい?絶対に王子に気に入られて、結婚までこぎつけるのよ。そしたら。こんな貧乏暮らしから脱け出せるわ。」

「わかりましたわ。お母様。」

 

(……行けたら、どんなに楽しいだろうか…)

 しかし、シンデレラには舞踏会のためのドレスも靴も手袋もありません。用意したくても、頼れる人もいません。シンデレラは完全に諦めていました。

 

 

 そして、舞踏会当日になりました。妹は、毒々しい程に赤いドレスに同じ色の靴と手袋を身に付け、頭には、翼を広げた孔雀がいるかのような髪飾りを付けて、継母に連れられて舞踏会に出発しました。

 シンデレラは、継母と妹が今日は遅くまでいないことに少し安堵しつつ、いつものように家事をしていました。

 陽が傾き、空気が茜色に染まった頃、シンデレラは洗濯物を取り込んでいました。すると、そこに深い紺色のタイトなドレスに、同じ色の鍔が広い三角帽子をかぶった老婆がやってきました。

 その老婆は深く皺が刻まれた顔を柔らかくさせ、シンデレラに問いかけました。

「舞踏会に行きたくはありませんか?」

 シンデレラは突然のことに驚きました。しかし、力なく笑って答えました。

「もちろん行きたいです。でも、ドレスも靴も手袋もないのにどうして参加できましょう」

「私が用意して差し上げる、と言ったらどうしますか?」

 シンデレラは、一瞬、胸が躍りました。しかし、すぐに冷静になり、

「からかうのはやめてください。今、あなたはどこにもそんなものを持っていないじゃないですか。それ以前に、あなたがそうするメリットがない。見ての通り、私は貧しくてお金を支払うこともできません」

「それなら問題はありません。私は魔法を使ってあなたに必要なものを用意します。メリットがないことに関しては、これは、私の恩返しなので何も気にしないでください」

 

(魔法?そんなのは童話の世界だけの話だろう…

 それに、恩返しと言われても全く身に覚えがない…)

 

「しかし、私の魔法は、“願い”を原動力にしています。あなたが、“自分を変えたい”ということを強く願わなければ魔法をかけることができません」

シンデレラが困惑しているのを、気にしないかのように老婆は話し続けます。

  

シンデレラはどうすればいいのか分かりません。その時、継母と妹の顔が浮かびました。いじめてきた

二人への怒りが湧き上がりました。それと同時に、諦めてしまっていた自分自身への怒りも起こりました。

 

(……変わるなら……今しかない!)

 

 シンデレラは老婆の目をしっかりと見つめました。

「……変わり…たいです。……舞踏会に行きたいです!」

「分かりました」

 

 老婆は優しく微笑むと、シンデレラの両手をしっかりと握りました。すると、握られた手から眩いばかりの青白い光が起こりました。

 シンデレラは耐えきれずに目を瞑りました。その光はみるみる広がっていき、全身を包み込んでしまいました。

 

 目を開けると自分の着ている服が違うことに気付きました。いつも着ている汚れたエプロンドレスではなく、どれほど高級なのか見当もつかないシルクで作られた白い生地に、右胸のところには見たことのない、異国のものと思われる花が金色の糸で刺繍されたドレスに変わっていました。足には、この国で作られたと思えない、ガラスでできた靴が履かされていました。

 シンデレラは、胸の高鳴りを抑えきれず、鏡を見に行きました。そこに映っていた自分の姿を見て驚きを隠せませんでした。

 

(……とても………きれい……)

 

 ブロンドの長くて美しい髪に、涼しい目元、通った鼻筋に、サクラ色の薄い唇、シンデレラの理想そのものの姿でした。何よりも嬉しかったのは、肌が、光を反射した雪のように、白く美しくなったことでした。

 

(これで……私の手も………)

 

 そう思い、自分の手を見ると、愕然としました。肩から伸びる腕は魔法で白く美しくなったのに、両手とも、手首から指先までは元の荒れた手のままだったのです。

 シンデレラは急いで老婆のもとに戻りました。

 

「もう一回、魔法をかけてください!手だけうまく魔法がかからなかったみたいなの!お願いします!どうしても手だけはきれいにしてください!おねがい………」

 

 シンデレラは涙を浮かべながら懇願しました。しかし、何度魔法をかけても手が美しくなることはありませんでした。

 

(どう…して……)

 

 シンデレラが絶望に暮れているそばで、老婆が言いました。

「ごめんなさいね。こんなことはじめてでどうしたらいいか私にも分からないのよね。まぁ、でも、舞踏会では踊る時以外は手袋を外さないから、あんまり見られることはないんじゃないかしら」

(本当にそうだろうか…?でも、大勢に見られなかったとしても、少なくとも、踊る相手には見られてしまう……)

 

 その時、シンデレラは鏡に映った自分の姿を思いだしました。

(せっかく、変わりたいと願って理想の自分になったのに、このままではもったいない。どうせ、舞踏会で踊ったところで、私の人生が大きく変わるなんてことはない。だったら、踊れなくても、今日一日だけは、いつもと違う自分で、いつもと違う体験をするのも悪くない……)

 

シンデレラは決心をしました。

 

「行きます」

「分かったわ。ただし、一つ覚えておいてほしいことがあるの。この魔法は今日の夜十二時を過ぎたら解けはじめるの。だから、十二時に鳴る十二回の鐘が鳴り終わるまでには、誰も人のいないところに移動してほしいの。魔法だとばれたらきっと大変なことになるから」

「分かりました」

そう言って、シンデレラは手袋をはめ、出発していきました。

 

 

 舞踏会の会場である王宮の大広間に着くと、そこは様々な宝石で飾られ、豪華に着飾った女性たちと見るからに高級なスーツを身に纏った男性たちの談笑の声があふれていました。そして、テーブルの上には、シンデレラが見たことのない豪華な食事が所狭しと並べられていて、その部屋は黄金色の空気が満ちているようでした。ダンスタイムまではまだ時間があるようで、踊っている人はいませんでした。

 シンデレラは人生で、最初で最後で最高の日だと思い、料理を食べ始めました。その時でした。

 

「よろしいですか?お嬢様」

 

 シンデレラは、どきり、として声のする方に目を向けました。そこには、全身を真っ白のスーツに包み目鼻は整っていて、やさしい笑みを浮かべた男性が立っていました。

「はじめまして。私はこの国の王子のチャーミングと申します」

 

(……チャーミング………王子…!?)

 

「はっ…、はっ…、は、はじめまして!わ、わ、わたっ……」

「落ちついてください。すいません、突然、話しかけてしまって。あまりお見かけしないと思ってつい話しかけてしまいました」

「い、いえっ!全然、大丈夫です」

 シンデレラは、それから、王子がワインを二口飲むまでの間、会話をしました。シンデレラは、王子を前にした緊張と喜びで、会話の内容は全く頭に入っていませんでした。

 

 そして、会話の最後に王子は、自分の手袋を外し、その手を差し出し、軽くお辞儀をしながら言いました。

 

「私と一緒に踊ってくださいませんか?」

 

 シンデレラは悩みました。

(王子様と一緒に踊れるなんて嬉しすぎる……。でも、この誘いに応えるには自分の醜い手を見せなければいけない……。こんな手を見せたらなんて言われるか分からない……)

 しかし、王子の踊る相手ということもあり、シンデレラには好奇と羨望と敵意の視線が向けられていました。

(ここで誘いを断ったら王子様に恥をかかせてしまうことになる)

 シンデレラは目を瞑り、意を決しました。そして、手袋を外し、出されている王子の手をとりました。

 

「何、あの手?」

「汚ったなーい」

「あんな手で王子様に触らないでほしいわ」

 

 周囲の言葉がシンデレラに突き刺さります。

 

 王子はシンデレラの手を見つめていました。

 

(…もう………ダメだ……)

 

 諦めていたその時、王子のもう片方の手がシンデレラの手に重ねられました。

 王子はゆっくりと顔を上げ、静かに口を開きました。

 

「家の手伝いをよくしているんですね」

 

「………えっ……?」

 

「働いている、とても美しい手ですね」

 

 そう言うと、王子はふわりと笑い、立ち去ってしまいました。

 シンデレラはその言葉が信じられず、その場で立ち尽くしてしまいました。

 

 

 その後、シンデレラは他のどんな男性に話しかけられても、視界の端では王子を探していました。

 シンデレラはこんなに一度に多くの人と話すことはなく疲れてしまい、窓際で休んでいました。あれだけ美味しそうな食事を見ても、今は食欲が湧いてきません。どうすることもできずに、ぼんやりと王子を眺めていました。

 

(…はっ……!)

 

 王子がこっちを向き、一瞬、目が合ったような気がして目を逸らしてしまいました。その目線の先には、夜の闇で塗りつぶされた窓がありました。そして、そこに自分の姿が映りました。

 

「……とても………きれい……」

 

 ため息まじりに呟きました。

 

(今の私は、所詮、偽りの姿。魔法できれいになっただけ……。この姿でいくら王子様とお近づきになれたとしてもなんの意味があるのかしら……)

 

 

 いよいよ、ダンスタイムになりました。会場をゆったりとした美しい音楽が満たしていきます。

王子がシンデレラのもとにやってきました。

「よろしくお願いします」

そう言うと、王子は、手袋を外し、岩のような力強い手を差し出しました。

 シンデレラに、敵意の視線の矢が雨のように飛んできます。

 

シンデレラは、手袋を外し、おそるおそる手をとりました。

 

 そして、王子に導かれるままに、会場の真ん中まで行きました。

王子はシンデレラの方へ向き、左手をシンデレラの腰へ持っていきました。

 

(……あれっ!?……そういえば……踊り方、全然分かんない!!)

 シンデレラはパニックに陥ってしまいました。

(ど、ど、どうしよぉぉ〜〜〜〜!!!)

 

 そんな様子を見て、王子が言いました。

「右手を僕の腰に!あとは、ついてきて!」

 シンデレラは、すぐさま右手を腰に持っていきました。それと、ほとんど同時にダンスが始りました。

 王子に導かれるままに、シンデレラは足を動かし続けました。しかし、初めてでは上手く踊れるはずもなく、せめて倒れないようにと必死にした結果、身体をクネクネさせる、世にも奇妙なダンスになってしまいました。

 

(…あぁっ……あぁっ……あぁぁっっ!!……全然上手くできない…。王子様にこんなダンスの相手をさせて申し訳ない……。きっと、みんな笑っている……。早くこの時間が終わってほしい……)

 

 そう思いながら、足元を見て踊っていました。

 

 すると、突然、

「こっちを見て。」

と、優しくて力強い声が聞こえました。その声の方へ顔を上げると、王子が、きらりとした笑顔を向けていました。

 

「良かった。やっと、目が合った。」

 

 王子は、ホッとしたように顔を緩ませました。それを見たシンデレラは、自らの緊張の糸が緩んでいくのを感じました。

 

 それから二人は、ほのかに甘い時間を過ごしました。

 

 

 ダンスを終え、二人は、休憩のためにバルコニーで話していました。

「下手なダンスで、迷惑をかけてすいませんでした」

「いえいえ、大丈夫ですよ。僕は、あなたと踊ることができてとても楽しかったです」

「私も……その……楽しかったです」

「それは、良かった」

 

 すると、王子は、一瞬目線を下げ、今までより落ち着いたトーンで話しはじめました。

 

「今日は……久しぶりに……本当に楽しかった」

 

 王子は、外に目線を向け、話し続けました。

 

「私は馬に乗って遠くまで出かけるのが好きなんです。昔、馬に乗れるようになってすぐの頃は、いろんな場所に行って、新しいものを見つけたら、これは自分のだ!とか言って周りの人に自慢ばかりしていました。自分のものって決めたら、どんなに遠くても見に行ってたなぁ…。でも、勉強が忙しくなってからは全然行けなくなっちゃって……。あ、もちろん、勉強が嫌っていうわけではないですよ。この国の王子として必要なことを学ぶのは、義務ですから。でも、時々、昔のことを思い出しちゃうんですよ。楽しかったなぁ、って……。今日は、久しぶりに、昔のその気持ちになることができました」

 

「そう……だったんですか……」

 

 シンデレラは、王子にもそんな悩みがあるということに驚きました。同時に、親近感を覚えました。雲の上にいるような人も、自分と同じ人間なんだと感じていました。

 

 いつに間にか、シンデレラは王子の悩みを解決してあげたいと思っていました。

 

(でも、私が王子様に出来ることなんて何もない……)

 

「ごめんなさい、こんな話をしてしまって」

「そんな……、全然……」

「あなたの前だと、つい、安心してしまって……」

 シンデレラは、頬を朱く染め口元に笑みを浮かべました。

 

「えっ……?」

 王子はシンデレラの方へ向き直り、片膝を着き、右手を胸に当てて言いました。

 

「私とけっ…」

 

カーン、カーン、カーン

 

 十二時を知らせる甲高い鐘の音が冷たく響き、二人の間の時間を凍らせました。

 

カーン、カーン、カーン

 

 鐘は、一層冷たく鳴り続けます。

 

「すいません。もう帰らなくてはいけないので」

「えっ…、ちょっと、待って!」

 王子が言い終わるのを待たずに、シンデレラは走り出しました。

 

カーン、カーン、カーン

 

(もっと、緒にいたかったけど……魔法が解けたら……きっと……)

 

「あっ!」

 シンデレラは階段でつまずき、くつが片方脱げてしまいました。しかし、もう気にしている余裕もなくそのまま走り続けました。

 

カーン、カーン、カーン

 

 王子が階段の上についた時、シンデレラの後ろ姿が夜の闇にとけていきました。

 

「……どうして、…急に……」

 

 すると、王子は階段に片方だけのガラスのくつが落ちているのに気付きました。

(あれは……彼女の…!)

 それを、拾い上げ王宮へと戻っていきました。

 

 

 王子は舞踏会の残りの時間を上の空で過ごしました。誰と話しても、誰と踊っても、今の王子の頭の中は、拾ったガラスのくつのことだけでした。

 舞踏会が終わると、すぐに自室へ戻りました。

 

 王子は人払いをし、ガラスのくつを握ったまま、ベッドに倒れ込みました。

 

(これがあれば、きっとあの人を見つけられる……)

 

 王子の意識は、深い眠りの中へ落ちていきました。

 翌朝、目が覚めると握っていたはずのガラスのくつは、跡形もなく消えていました。魔法は完全に解けてしまっていました。

そんなことも知らない王子は、とても焦りました。従者に聞いても、知っている者は誰もいませんでした。

(いや、待てよ。物がなくてもガラスのくつなんて珍しいものを持っている人物は限られる。きっとすぐに見つけられるはずだ……)

王子は諦めず、探しはじめました。

 しかし、いくら探しても、舞踏会の会場で見たとは聞いても、どこの誰なのかということは分かりませんでした。

 

(あぁっっ〜〜〜〜!!なんで名前を聞いてないんだよぉっっ〜〜〜〜!!どんだけ浮かれてたんだよっ!俺っ!)

 

 王子の想い人は、まるで、魔法のように消えてしまいました。

 

 

 舞踏会から二月と十日が経ち、シンデレラは元の生活に戻っていました。

 

「階段の隅に埃が残ってるわよ。それくらい出来て当然でしょ!」

「すいません、お母様……」

「洗濯にどれだけ時間をかけてるの!さっさと終わらせなさい!」

「すいません、お母様……」

「シチューは寝かした方が美味しいっていつも言ってるでしょ!いい加減覚えて!」

「すいません、お母様……」

 

 シンデレラは王子とのあの夜を思い出さない日はありませんでした。しかし、

 

(王子様のことはもう忘れよう……。こんな私とではとても釣り合わない……。それに、あの日は魔法できれいになっただけ……。どうせ、会ったところで気付かれるはずがない……)

 

 シンデレラは思い出すたびにチクリと刺すような胸の痛みを感じていました。

 

 さらに、数日が経ったある晴れた日、シンデレラは庭で洗濯物を干していました。すると、継母と妹が焦って玄関から出ていきました。気になって見に行ってみると、そこには、馬から降りた王子がいました。シンデレラに歓喜の波が押し寄せてきました。しかし、同時に、心の奥がざわめき立つのを感じました。

 

(……もしかして……妹と……?)

 

 しかし、そうはなりませんでした。

 

 王子はシンデレラに気が付くと、バラが咲いたように笑いました。話しかける継母たちに目もくれずに、シンデレラの方へ歩き出しました。

シンデレラの前に来ると、片膝をつき、右手を胸に当てて言いました。

 

「ようやく、お会いできました」

 

「……な、何の…ことですか…?」

 

 シンデレラは震える声で答えました。

 

「舞踏会であなたが去った時から、探しておりました」

 

 王子は芯の通った声で続けます。

 

「ど…どうして……私がそうだと……思われたの…ですか?」

 

「あなたの、そのまじめに働いている美しい手を忘れられるはずがありません」

 

 王子は、真っ直ぐとシンデレラの目を見つめて言いました。

 

「私と結婚してください」

 

「ダ、ダメです!私と王子様では釣り合いません!……家も貧しくて身分も低いし、見た目もこんなだし……。」

 

「私は、あなたの身分を愛しているわけでも、見た目を愛しているわけでもありません。ただ、あなたを愛しているんです。あなたの美しい心を愛しているんです。」

 

あの夜に凍りついた時間が溶けていきました。溶けた雫がシンデレラの目からこぼれ落ちました。

 

「……わた…し…で、よければ……よろしく……おねがい……します」

 

 王子は立ち上がり、やさしい笑みを向けました。そして、自分の胸にシンデレラの顔をうずめるように抱き寄せました。

 

 その後、二人は無事結婚し、幸せに暮しましたとさ。めでたし、めでたし。